更新されつづける建築・都市(1)PREVI訪問
2017.06.20
「次世代居住都市」研究ユニットでは、住人の自発性に基づくインフォーマルな力と建築家によるビジョンや計画の力、この二つの力によって生まれる「更新されつづける建築・都市」に着目し、先駆的な事例を訪問しCreative Neighborhoods研究に反映させている。本ウェブサイトでは「更新されつづける建築・都市の訪問レポート」と題して実際に訪れた場所をレポートしていく。第一回目は、ペルーのリマ近郊にある実験的なソーシャルハ・ウジングプロジェクトPREVI(Proyecto Experimental de Vivienda)についてのレポートを掲載する。
首都リマの北にある郊外へ
毎年行われているY-GSAの国際ワークショップの2015年の対象地は、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロであった。このワークショップ期間中に、小嶋、寺田、連の3人で実験的なハウジング・プロジェクトであるPREVIを視察するため、ペルーを訪れた。現地の建築家であり、PUC教授のルイス・ロドリゲス・リベーロ氏の案内のもと、現在のPREVIの状況をみてきたので報告する。
変化の仕組みを持ったソーシャル・ハウジング
PREVIとは、1967年から1973年に行われたペルーの国家的ハウジング・プロジェクトであり、現在の感覚からしても非常に野心的であり実験的なものであった。当時のペルー大統領であり建築家でもあるフェルナンド・ベラウンデ・テリーによって1965年に発案され、イギリス人の都市計画家・建築家であるピーター・ランドが指揮をとった。住人自身の手によって増改築が繰り返されることで更新し続ける住宅群をつくっていくことが目指されたという点で画期的である。プリツガー賞を受賞したアレハンドロ・アラヴェナ率いるエレメンタルの一連のハウジング・プロジェクトにも影響を与えているプロジェクトだ。当時、日本では雑誌『都市住宅』で度々PREVIのレポートや特集が掲載され注目された。日本からも黒川紀章氏、菊竹清訓氏、槇文彦氏、がチームとしてコンペに参加し、実際に提案の一部を実現させている。
1969年に国際コンペが開かれ、ピーター・ランドによって指名された国際的な建築家13名と国内の建築家13名がコンペに参加した。アトリエ5、チャールズ・コレア、アルド・ヴァン・アイク、クリストファー・アレグザンダーなど名だたる建築家たちである。コンペで彼らは、教育や商業などの公共施設とともに、1500戸の住宅を配置した都市デザインのスキームと、構法やコストを含めた住宅のプロトタイプを提案することを求められた。興味深い点は、当初から増改築の仕組みを、住宅のデザインのなかに埋め込むことが要求されたという点である。提供されるものとしてのソーシャル・ハウジングではなく、住人自身が育てていくことを可能にする居住モデルが開発されることが期待された。これが、PREVIが20世紀における重要なハウジング・プロジェクトとして評価され、着目されている理由のひとつである。また、ここで説明したコンペの要件そのものが、当時流行していた団地のような高層タイプのマスプロ型のソーシャル・ハウジングに対する強烈な批評でもあったことは興味深い。
26組の建築家による壮大な実験
このプロジェクトがここまで注目されるようになったもうひとつの点は、提出されたコンペの提案の質がどれも非常に高かったため、最優秀として一組の建築家を決めることはせず、最終的に国内外の26組のすべての提案が採用され実現されることになったという点である(実際に実現したのは24組)。そのため、PREVIは建築家による住宅プロトタイプを一度に数多く見ることができる貴重な場になっている。複数の建築家の案を採用したことにより、PREVI全体のマスタープランをピーター・ランドがデザインすることになり、コンペによって選ばれた建築家たちは、割り振られた各エリアで20戸分の住宅の提案と配置の提案が求められた。
進化し続ける、様々な住まいのプロトタイプ
実際に各建物をみてまわったが、どの住まいも原型が分からないくらい増改築が繰り返されており、エレメンタルのパートナーであるディエゴ・トーレス氏を含む3人のペルー人建築家によってまとめられたPREVIのドキュメンテーション“Time Builds!’”をガイドにしないと、状態を読み取ることが難しいほどであった。いくつか印象的であった提案を紹介する。
<菊竹清訓+黒川紀章+槇文彦案>
表の道と裏の道をつなぐ2階建てのボリュームと、その横に1階建てのボリュームが2つ配置され、中庭を作り出している。写真手前の建物は比較的原型をとどめているが、隣の建物は3階建てに増築されている。当初は前面道路と建物のあいだに庭スペースが確保されていたが、ほとんどの建物はその部分も建物で埋められてしまっている。写真の右側に写っている建物は非常に珍しく、ほとんど原型のまま残っていた。
<C.アレグザンダー案>
エントランス部分と建物の背後に二つのコートヤードを持つ建物を提案している。私たちが訪れたときに運良く、日本に息子がいるという女性に家のなかを見せてもらえた。エントランスのコートヤードは、表面はタイルなどで装飾されていたが、空間そのものは比較的原型の状態で残っていた。裏手の庭は大きく増築されており、原型がほとんど残っていない状態であった。住み手の思いや考えが十分に反映され、カスタマイズされた住宅であった。
<アルド・ヴァン・アイク案>
各住戸の敷地形状は六角形になっており、真ん中に建物がボリュームとして配置されることで、両サイドに庭が生まれる構成になっている。実際には写真のように六角形の外側まで増築している住戸もあった。なかは見ることができないので室内の状態まではわからなかった。他の提案と違い、残余スペースがあまりパブリック・スペースとして機能している感じはなかったのが印象に残っている。
<ジェイムズ・スターリング案>
1階建ての四角いボリュームを組み合わせた提案。ボリュームをずらして配置することで、路地空間を創出している。写真の通り、当初の平屋の状態から、ほぼすべての住戸が増築により、今は2-3階建てに変わり、空間の垂直性が強調され、より路地らしく進化している。
<アトリエ5案>
2階建ての長屋形式の建物を提案しており、さらに路地を半階分レベルを高くしているので、1階のエントランスへは半階下がってからアクセスする構成になっている。路地と建物のレベル関係が巧みにデザインされており、みてまわった提案のなかで最もまちらしい雰囲気をしており、路地を歩いていても楽しい気分が味わえるエリアであった。
点在するプラザ(広場)
PREVIにはプラザ(広場)が点在しており、それを路地がネットワーク的に結んでいる。これはピーター・ランドによるマスタープランと、各建築家による住宅プロトタイプが相互に影響し合って成立している。PREVIを歩きまわっていると、必ず、ある一定のリズムでオープンスペースが現れ、そこにベンチが置かれたり、植栽があったり、遊具が置いてあったりする。また、10戸-20戸程度の住宅がプラザを介して繋がっており、それがネイバーフッズのひとつの単位を形成しているようでもある。これは当時の資料や証言を読むと、明確に計画者側で意図していたことがわかる。また、実際にその意図を感じることができる。
PREVIは、増改築が繰り返されるという意味で、スラムやファベーラと似た都市空間の更新システムを内包していると言える。計画的というよりは、住人やユーザーがその場の思いつきや生活の変化に合わせて住空間を創造していくインフォーマルな力によって生活と空間が支えられている。しかし、そうした仕組みをベースとしながらもスラムやファベーラとは明らかに違う空間的質を持っていたことは、ある種の驚きであった。リオ・デ・ジャネイロでいくつかのファベーラを訪れたこともあって、比較対象としてその違いは明白に感じることができた。その違いのひとつは、PREVIにおいて、どの建物も、その根底に各建築家の空間やネイバーフッズに対するビジョンがモデルのなかに組み込まれているということである。形態としては原型を確認できないほど増改築が繰り返されているが、それでも各エリアで一定の空間的質が保存されている。繰り返しになるが、それは住人同士の憩いの場であったり、路地であったり、そうした共有空間に現れているように感じた。こうしたパブリックな空気感はスラムにはない。もちろん、どの提案もすべて等しく成功しているわけではないが、例えばスターリングやアトリエ5の提案したエリアは、都市デザインとして、人々を結びつける空間的仕掛けがところどころ残っており実際に経験することが可能だ。
建築家のビジョンと、住み手の力
こうしたことから考えると、建築家がインフォーマルな開発に関わることで共有空間を創出することの可能性に希望が見出せる気がする。一般的なスラムやファベーラの場合、少しの隙間さえあればそこはどんどん占有化され、過密化していく傾向にあるが、PREVIの住まいには配置計画と住戸のプロトタイプのなかに建築家の思想がDNAとして組み込まれているからこそ、身勝手な増改築が行われても、路地やパブリック・スペースとしての一定の質は保たれているのである。当初の風景から大きく変化したものの、PREVIは建築家のビジョンと住み手のエネルギーの協働によって創出されている都市空間だと言える。
PREVIは、次世代居住都市研究ユニットのテーマであるCreative Neighborhoodsについて考えるうえでも非常に重要なレファレンスとして位置づけられそうである。個々のユーザーの生活環境の改善・修復行為と、近隣や地域レベルにおける視点やビジョンの両面を備えているという意味で、単体の建築物とそれが織りなす環境総体のユニークな結合関係をみることができた。
(おわり)